《まちの史跡めぐり》第106回 村の一年(続き)
カテゴリ : まちの史跡めぐり ⅩⅠ
まちの史跡めぐり 第106回 (『広報すえまち』462号 2006年1月 福岡県糟屋郡須恵町役場発行)
【十一月】
御切米指紙御立用願
現代の経済慣行の中には江戸時代にすでに原型のあったものがあります。世界初の先物取引は江戸時代、大坂は堂島の米取引所で始まったというのは有名な話です。
指紙さしがみは聞き慣れない言葉ですが、イメージとしてはビール券や図書券のようなものでしょう。
切米きりまいは福岡藩士が藩の米蔵から米を給与として支給されることを言います。この時、藩の勘定所が侍に米券を発行し、それを米蔵に持参して米と引き換えます。
ところが、この米券自体が流通することにもなりました。米券は実物の米(現米)と同じ価値を持っていたので、商人によって現金化されることもあったのでしょう。
そうなると、年貢を納める農民の側でも、商人から米券を買い取り、年貢米を納付する際に、米券で代用する方が便利なこともあります。遠隔地からはるばる米俵を運ぶような場合、あるいは不作で年貢米に不足が生じたような場合です。
そうした願い出は十一月の月初めに行うよう定められています。
臨時切立
切立きりたてとは村(庄屋が支配)や触(二〇ヵ村程度を大庄屋が支配)の自治的費用を各戸から徴収したものです。今で言えば町内会費のようなもの。
止宿証拠
旅人を村に泊めた際の報告。年に二回行います。今回は七月以降の分。
御納方払切
「おおさめかたはらいきり」と読むのでしょう。村として、年貢の納付が完了したことを言います。藩の証明書をもらい、大庄屋に届け出ました。
【十二月】
長寿者の調査
昔はお正月が来ると一つ年を取ります。いわゆる「数え年」の考え方で、大晦日に生まれたとすると、翌日には二歳になってしまう。一年が十三ヶ月になることもある昔の暦では、誕生日で年齢を数えるのは実際に不可能でもありました。
翌年、八十歳・九十歳・百歳を迎える者が村にいれば、大庄屋へ報告せねばなりませんでした。長寿者は表彰もされることになります。
年齢がはっきりわかるのは、キリシタンを取り締まる宗旨改めが戸籍作成の役割を果たしていたことによります。誰もが生まれたとたんに宗旨改帳に登録され、毎年年齢を加算されました。まれではあっても百歳を迎えることが実際にありえたことがわかります。
冬普請の決算
農閑期の冬は普請(土木工事)の季節。農民たちが人夫として動員されることになります。ため池や用水路など、田畠に関わる普請の報告を二十日までに求められています。
臨時切立の割方
臨時切立について、各人への割り当てと徴収について急ぐことという項目です。
産子の死亡調査
産子うぶこはこの年に生まれた子供のこと。乳児の内に死亡した子供について、特別に養育方への報告を求められています。養育方は大庄屋を補佐する役人(庄屋が兼任)で、捨て子や間引きのないよう監視するのが役目です。
産子月払
毎月の出生児数を届けることになっています。
地頭納め・節季夫
これはすでに説明したことがありますが、季節の行事ごとに、村では地頭(領地を持つ侍)に季節の納入者や人夫を差し出すことになっていました。年末・年始の準備のために村から門松を持参したり、大掃除の手伝いをしたりしました。
これで、月別に一年の庄屋の仕事を見てきましたが、次に「追加」と「増加」があります。季節ごとに配列できない項目について見ておきます。
【追加】
御書付
いわゆる「御墨付おすみつき」のこと。殿様の名前で発行された文書を持っているものが死亡すれば直ちに届け出ねばなりません。身分を問わず、由緒を重んじたということになります。
洪水による破損
洪水の被害は翌朝までに報告すること。
倒壊家屋
風や雪で家屋が倒壊した場合の報告。
旅人の病気
旅人が村内で病気になった場合、村では医者を呼び治療を加えます。本人が出身地へ帰りたいと言えば「村次」という制度がありました。村から村へと順次バケツリレー式に送り帰すのです。時には行き倒れの死体が発見されることもあります。その場合は、事件性があるかどうかを見極めるまで、村では番人をつけて監視しました。
【増加】
五穀の貯え
雑穀であっても、豊作の年には貯えておき、飢饉に備えるようにという注意です。
収納の公正
庄屋にとって年貢の収納など、上納物(税負担)に関する業務が最も重視せねばならないものでした。ゆるがせにせず、きびしくせよと言っていますが、貧しい一人暮らしの者には特別な配慮を加えよとも書かれています。また、納めすぎは直ちに返し、不足分は急ぎ取り立てること。公用に関することは厳密に行うことと注意を加えています。
(「村の一年」はこれで終わります。)
江戸時代へようこそ(17)
村の一年(続き)
村の一年(続き)
【十一月】
御切米指紙御立用願
現代の経済慣行の中には江戸時代にすでに原型のあったものがあります。世界初の先物取引は江戸時代、大坂は堂島の米取引所で始まったというのは有名な話です。
指紙さしがみは聞き慣れない言葉ですが、イメージとしてはビール券や図書券のようなものでしょう。
切米きりまいは福岡藩士が藩の米蔵から米を給与として支給されることを言います。この時、藩の勘定所が侍に米券を発行し、それを米蔵に持参して米と引き換えます。
ところが、この米券自体が流通することにもなりました。米券は実物の米(現米)と同じ価値を持っていたので、商人によって現金化されることもあったのでしょう。
そうなると、年貢を納める農民の側でも、商人から米券を買い取り、年貢米を納付する際に、米券で代用する方が便利なこともあります。遠隔地からはるばる米俵を運ぶような場合、あるいは不作で年貢米に不足が生じたような場合です。
そうした願い出は十一月の月初めに行うよう定められています。
臨時切立
切立きりたてとは村(庄屋が支配)や触(二〇ヵ村程度を大庄屋が支配)の自治的費用を各戸から徴収したものです。今で言えば町内会費のようなもの。
止宿証拠
旅人を村に泊めた際の報告。年に二回行います。今回は七月以降の分。
御納方払切
「おおさめかたはらいきり」と読むのでしょう。村として、年貢の納付が完了したことを言います。藩の証明書をもらい、大庄屋に届け出ました。
【十二月】
長寿者の調査
昔はお正月が来ると一つ年を取ります。いわゆる「数え年」の考え方で、大晦日に生まれたとすると、翌日には二歳になってしまう。一年が十三ヶ月になることもある昔の暦では、誕生日で年齢を数えるのは実際に不可能でもありました。
翌年、八十歳・九十歳・百歳を迎える者が村にいれば、大庄屋へ報告せねばなりませんでした。長寿者は表彰もされることになります。
年齢がはっきりわかるのは、キリシタンを取り締まる宗旨改めが戸籍作成の役割を果たしていたことによります。誰もが生まれたとたんに宗旨改帳に登録され、毎年年齢を加算されました。まれではあっても百歳を迎えることが実際にありえたことがわかります。
冬普請の決算
農閑期の冬は普請(土木工事)の季節。農民たちが人夫として動員されることになります。ため池や用水路など、田畠に関わる普請の報告を二十日までに求められています。
臨時切立の割方
臨時切立について、各人への割り当てと徴収について急ぐことという項目です。
産子の死亡調査
産子うぶこはこの年に生まれた子供のこと。乳児の内に死亡した子供について、特別に養育方への報告を求められています。養育方は大庄屋を補佐する役人(庄屋が兼任)で、捨て子や間引きのないよう監視するのが役目です。
産子月払
毎月の出生児数を届けることになっています。
地頭納め・節季夫
これはすでに説明したことがありますが、季節の行事ごとに、村では地頭(領地を持つ侍)に季節の納入者や人夫を差し出すことになっていました。年末・年始の準備のために村から門松を持参したり、大掃除の手伝いをしたりしました。
これで、月別に一年の庄屋の仕事を見てきましたが、次に「追加」と「増加」があります。季節ごとに配列できない項目について見ておきます。
【追加】
御書付
いわゆる「御墨付おすみつき」のこと。殿様の名前で発行された文書を持っているものが死亡すれば直ちに届け出ねばなりません。身分を問わず、由緒を重んじたということになります。
洪水による破損
洪水の被害は翌朝までに報告すること。
倒壊家屋
風や雪で家屋が倒壊した場合の報告。
旅人の病気
旅人が村内で病気になった場合、村では医者を呼び治療を加えます。本人が出身地へ帰りたいと言えば「村次」という制度がありました。村から村へと順次バケツリレー式に送り帰すのです。時には行き倒れの死体が発見されることもあります。その場合は、事件性があるかどうかを見極めるまで、村では番人をつけて監視しました。
【増加】
五穀の貯え
雑穀であっても、豊作の年には貯えておき、飢饉に備えるようにという注意です。
収納の公正
庄屋にとって年貢の収納など、上納物(税負担)に関する業務が最も重視せねばならないものでした。ゆるがせにせず、きびしくせよと言っていますが、貧しい一人暮らしの者には特別な配慮を加えよとも書かれています。また、納めすぎは直ちに返し、不足分は急ぎ取り立てること。公用に関することは厳密に行うことと注意を加えています。
(「村の一年」はこれで終わります。)













