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鳥谷部春汀著「明治人物月旦」から (1)

カテゴリ : 資料・同時代が見た頭山満

鳥谷部春汀著「明治人物月旦」(『春汀全集』第一巻)

頭山満―鳥谷部春汀『明治人物小観』より

奥付:著者鳥谷部春汀、発兌元博文館(東京市日本橋区本町三丁目)、明治四十二年六月十五日発行。


「第一篇 政治家月旦」の内、「後藤男と頭山満」

    頭山満氏

    (一)東洋思想の鎔炉
 筑前市外に一勝地あり、白砂青松、海波と相映帯して、風景画がく如し。士人之れを十里の松林と称す。其の附近に崇福寺といへる黒田家歴代の菩提所あり、日本禅宗の始祖たる栄西が開基したりと伝ふる聖福寺と相并びて、福岡市の二大伽藍たり。而して此の崇福寺の片辺りに、香花常に絶えざる一小墓碑ありて、士人の礼拝するもの少なからず。是れ実に福岡の女丈夫として、其の名九州に轟きし高場乱女史の英魂を瘞めたる所なり。女史は幼にして怜悧、好で漢籍を読み、十六歳にして某を迎へて配と為したりしも、某の俗物にして共に為すあるに足らざる故を以て、自ら之れを離縁し、爾来復た両夫に見えずと宣言して、唯だ益々読書に耽る。父母深く之れを患ふれども、毫も肯んぜずして、我執の念堅きこと鉄の如し。尋常の女性と大に其人格を異にするを見る可し。

 斯くて、女史は学漸く進むに随ふて、其の思想感情全く男性的発達を示したるのみならず、女史亦自ら男装して男子と交遊し、男子と国事を談論するを以て快事とせり。当時女史が髪を断ち、袴を着け、高履を踏み鳴らして、街頭を横行闊歩したる如きは、殆んど一種の狂態にして、固より縄墨を以て之を律す可からず。但だ其の女王的威厳と、烈婦的意志との盎然として外に溢るゝや、鬚眉男子も亦往々神電に打たれて五體八膚の痙攣を惹き起したるが如くに、総べて女史の前に跪拝したりといへば、其の感化力の如何に偉大なりしかを知るに足るべし。されば玄洋社の向陽義塾を設立するや、女史推されて之れが塾頭と為り、隠然として福岡青年の志気を鼓舞するの天使たりき。女史の読書を塾生に授くるや、最も好で史記の項羽本紀及び刺客伝を講述し、其の興到り神旺するに及べば、一閃の霊光、目と巻とを往来し、音吐激揚、筋肉怒張して、樊噲の鴻門破り、荊軻の易水渡り、躍如として三尺の案頭に活現し、満座覚えず皆起つの概ありしといふ。玄洋社員が大率悲歌慷慨の壮士風あるは、蓋し女史の薫陶に由るもの多きが如し。

 女史は実に亜細亜的英雄の説明者なりき。支那日本の歴史を飾れる王者、巨人、勇士、烈婦は悉く女史の口を借て、其の福音を啓示し、其の像式を表現したりき。今や女史死して既に十余年、顧みれば女史の講壇は、殆ど明治の時代と隔離し、近世の文明を遮断して、旧世界の夢幻劇を語るに過ぎざりしと雖も、尚ほ能く東洋思想の鎔炉として、絪縕渾化の作用ありしは疑ふ可からず。而して此の奇異なる鎔炉に依りて形成せられたる最大産物は、故兆民居士が大人長者の風ありと推称し、近頃某雑誌の寄書家が抜山倒海の人豪なりと讃美したる頭山満氏是れなり。嗚呼其の姓名の何ぞ壮高なる、而も彼れは何事をも為さず、何事をも言はざるゆゑに、世間未だ其の存在を知らざるものありと雖も、足一たび九州に入れば、彼れは恰も嵎を負ふ虎の如くに士人の間に認識せらる。請ふ余をして高場女史の講壇より出でたる此の一人物の批判を試みしめよ。

    (二)唖の預言者
 彼れは稍々方顔ともいふ可き魁梧の容貌に、垂下したる粗髯を蓄へ、寡言沈重にして、喜怒色に現はれざれども、其の眼光には一点の燃犀あり。雄大渾撲の風神正さしく亜細亜的なりといふ可し。

 彼れの玄洋社に在るや、初めは毫も人に重んぜられざりき。啻に人に重んぜられざるのみならず、寧ろ往々群衆の軽蔑を受けたりき。是れ其の終日口を開かず、茫然として来り、茫然として去るの状は、殆ど暗愚を表するの態度に近ければなりき。されど彼れは有声の説教師に非ずして、唖の預言者なりき。彼れは恰も神壇の霊火の如く、直に他の腹心の内奥を照らして、之れを意の如くに指導するの魔力ありき。されば彼れは久しからずして遂に玄洋社の首領と為るを得たりき。

 玄洋社は熊本の紫溟会と併立して、一時九州の二大党会たり。紫溟会は故井上毅、安場保和等に依りて創立したる保守主義の政団にして、後ち熊本国権党と改称し、尋で之れを解散して帝国党と合同せしめたりき。玄洋社は今も現に其名称を存し、新藤(注 進藤が正しい)喜平太氏其の社長たりと雖も、其の社員は挙げて進歩党に加入したるを以て、事実上進歩党の地方支部といふも可なり。されど最初の玄洋社は、紫溟会と其の主義に於て大同小異なるのみならず、其の事実に於ても亦太だ径庭なかりしが如し。蓋し二者孰れも国権拡張論を標榜とし、二者孰れも多数の健児を飼養したればなり。されば十八九年の頃伊藤内閣が、盛んに欧化政略を施行したる時代には、二者相提携して之れに反対し、大隈伯の条約改正談判開始したる時代には、二者相協力して之れに反対し、松方内閣選挙干渉事件ありし時代には、二者亦聯合して吏党を助け、民党と激戦したりき。而して此の前後の時代に於て、熊本紫溟会の事実的首領は佐々友房なる如くに、福岡玄洋社の実権を有せるものは頭山満なりき。其の人格の亜細亜的たるに於て、二人共通の素質を有し、其の能く壮士の心を収攬するに於て、二人亦頗る類似したる点ありと雖も、佐々氏は思慮周密にして、策に細巧あり。頭山氏は、度量寛闊にして、小権謀を弄せず、佐々氏の人に応接するや、動もすれば智弁を用ゐて、之れを説服せむとするの趣あり。頭山氏の士を延見するや、唯だ渕黙無言にして、対手の語らむと欲する所を語らしむ。此の両様の人物をして、互ひに対塁相当らしめば、亦た九州政界の一奇観たるを失はずと雖も、元来頭山氏は政治上の野心甚だ淡薄にして、其の天資亦立憲政治の時代に適せず、是れ其の深く自ら韜晦して出でざる所以歟。

 若し彼れにして自ら起たむとせば、其の代議士たるを得ること必らずしも困難ならざる可く、而して彼れを歓迎するの機会は、曾て幾くたびも到来したりき。されど新聞広告と、投票函、選挙用紙とに依りて造られたる偶像は彼れの甚だ愚視する所なり。議事日程といへる無味乾燥の呪文、議案といへる紙上の作戦計画、討論審議といへる音響上の戦闘は、彼れの毫も興味を感せざる所なり。彼れの眼に映ずる立憲政治は、形式の化身、太平の閑事業の如くに見えて、粗笨なる亜細亜的英雄の到底領解する能はざる所なり。彼れは孰れの時代にも蒙古帝国あり、孰れの時代にも三韓征伐の壮図あることを信ずるの外、其の頭脳全く無一物なり。憐れなる一大の人傑よ、嗚呼其の身を何の地に托せむとする乎。

    (三)亜細亜的模型
 されど余は彼れが如き珍奇の人物に対して、多くの尊敬を表せざるを得ず。彼れは当今の人才悉く欧化し了したるの時に於て、独り亜細亜的英雄の醇美なる模型を孤守して、強力なる時代思想の肉薄に抵抗せり、即ち彼れは自己の最も興味を感ずる天国に逍遙して、其の先入の理想に生活せむことを欲せり。強て自己の興味を抑制して、時代思想と調和するの偽善を行はざるは、是れ彼れの人格の凡俗ならざる所以なり。

 英雄色を好むとは、亜細亜的定義なり。而して彼れは此の定義を実行するに於て、極めて天真爛漫なり。一擲千金を散じて死士を養ふは亜細亜的信条なり。而して彼れは此の信条を躬行するに於て、極めて確実にして且つ自然なり。大度にして生産を事とせずとは、亜細亜的気象なり。而して彼れは此の気象を発揮するに於て、極めて顕著にして、毫も矯飾らしき処なし。大賢は愚なるが如しとは、亦亜細亜的神符なり。而して彼れは此の神符を正直に護持して、常に愚なるが如き容貌を保存せり。凡そ斯の如きは、皆文明の敵、秩序の賊にして、特に常識と相容れざる所なり。蓋し文明は或る意義に於て虚飾を代表し、秩序は抑制を代表し、常識は平凡を代表するがゆゑに、彼れが如き渾沌草昧の形像を有する人物は終に当世の寵児にあらざるは論なきのみ。

 顧ふに亜細亜的英雄の特色は、即ち渾沌草昧の形象を有するに在り、其の智力も、性慾も、恰も無意識にして発動すること小児の如く、明白なる道理の観念、明白なる理義の判断、明白なる利害の分解は、固より之れを彼れに求む可からず、彼れは判断に依らず、分解に依らずして、唯だ自己の要求を満足するが為めに、自己の世界を開拓するのみ。されば彼れは運命の信者なり、運命を以て宇宙の大法と為し、之れに服従するを以て人間の最高義務と思惟するものゝ如し。是れ彼れが運命の外一切の事物に驚異せざる所以なり。

 頭山氏は少なくとも亜細亜的英雄の小模型なり。其の何事をも為さず、何事をも言はずして、江湖の間に放浪するは、一個無用の長大物に似たりと雖も、人は必ずしも社会の為に存生するに非ず、公益の為めに生存するに非ず、一は自己の為めに生存するなり。自己を抂げて社会のあらゆる形式、あらゆる縄墨に羈束せられ、一歩も地平線上を出づる能はざる凡俗に比すれば其の渾沌草昧の形像も、亦人生最大の意義を寓するものなるやも知る可からず。彼れは言はざれども知れり。為さゞれども通ぜり。唯だ其の言ふの機、為すの時に会する能はずして、風塵に老いむとするを惜むのみ。若し彼れをして比律賓に生れしめば、アギナルドたらむ。若し彼をして南阿に生れしめば、クルーゲルたらむ。されど彼れは不幸にして立憲政治の日本帝国に生れたり。嗚呼憐れなる亜細亜的英雄の模型よ。
(三十五年二月)

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Title: 鳥谷部春汀著「明治人物月旦」から (1)
Date posted: 09 Aug '06 - 00:21
カテゴリ: 資料・同時代が見た頭山満