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鳥谷部春汀著「明治人物月旦」から (2)

カテゴリ : 資料・同時代が見た頭山満

鳥谷部春汀著「明治人物月旦」(『春汀全集』第一巻)

奥付:著者鳥谷部春汀、発兌元博文館(東京市日本橋区本町三丁目)、明治四十二年六月十五日発行。


「第一篇 政治家月旦」の内、「後藤男と頭山満」

    後藤男爵と頭山満

 後藤男爵の朝側に立ちて挺然特立の地歩を占むるは、猶ほ頭山満の野側に在りて常鱗凡介の倫を抜くが如く、共に現代人物中の異彩たるを失はず。後藤男爵は最も急激なる顕達によりて、人生の成功方面に揚々飛躍するに反して、頭山満は常に市井の間に韜晦して、天下の大浪人を以て自ら安むずるの状あり。其の境遇の全く相異なるに拘らず、其の人格及び行径に各々言ふべからざる趣味あるは、実に好個の対照なりと謂ふべし。

 頭山満を政治家とすれば余りに無策なり無経綸なり、彼れの頭脳は、爆裂弾と関係せざる政治問題を領会する能はざればなり。若し彼れを革命志士の典型とせば、其の生活は甚だ俗悪なり。彼れの重なる課業は鉱山売買の才取りを相手として一掴万金の策を講ずるに在ればなり。山師としては樸実に過ぎ、古武士としては狭斜の気多く、或る時は功名の風雲児の如く、或る時は無念無想の禅者の如く、一面に於て任侠善諾の親分肌あるかと見れば、一面に於て深沈大略の英雄を自任するの風あり。彼は実に朦朧として方物すべからざる人怪なれども、一たび彼れに接するものは何処となく異常の分子潜めるものあるを感ぜしむと言はざるなし。彼は個人としても、将た公人としても、具體的に何の為し遂げたるものなく、継続的に何の経営したるものなく、其の行動には一定の軌道なく、其の伝記の大部分は殆ど暗黒なり。而も彼れの名は、屡々獅子吼の声を為し、彼れの存在は、屡々人物崇拝の一標的たらむとせり。此の奇異荒唐なる人格は、独り東洋に於て往々遭遇する豪傑の標本にして、欧洲に於ては到底之れを発見するを得可からず。

 後藤男爵に至ては、頭山満の如く没要領ならず。彼は何時にても明瞭なる形式を以て其の意見を発表せり。彼は初め医を以て身を起したれども、今や其の能力手腕は最も政治家たるに適することを示せり。彼は内務省衛生局長たるの時代に於いて既に行政的才幹を十分認識せられたりき。二十八年陸軍検疫事務長官となるや、其の立案創意に富める、其の機宜に処するの敏腕無双なる、早くも時の児玉陸軍次官に鑑識せられて遂に政治的生涯に入るの機会に接したりき。彼れが新版図の民政長官として施設したる成績の如きは、たとひ其中世間の非難を免かれざるものありとするも、兎に角政治家たるの伎倆を証するに於ては毫も不足なかりき。南満鉄道総裁たるに及びて、彼れの名声は一層の高度を以て朝野の間に響き、最も多望なる成功を未来に期待せらるゝ流行児となれり。然れども頭山満は勿論、後藤男爵とても、決して高尚の意義に於ての英雄に非ず。有體にいへば、此の二人の頭脳は鉱物的なり、動物的なり。換言せば権と力とに缺乏せる階級者を最も真実に代表せる現代式の人物なるのみ。但だ其の代表せられたる階級者が、頭山満に在ては非開化的部類なると、後藤男爵に在ては文明的部類多きとの差あるに過ぎず。而して其の孰れの部類も、善き位地を望むこと、金銭を欲すること、名聞を求むること、愉快なる衣食住を得むとすること、馬車に乗りたきこと、多数の僕婢を所有したきこと、社交上に幅を利かしたきことに於ては、全然相一致せり。而して彼等は自己の発展と要求を達するの手段及び資格が、此の二人に於て頗る優勢に表現せらるゝを見たり。彼等は悉く小なる後藤男爵、小なる頭山満なるが故に、彼等の目に映ずる二人の影像は当然彼等をして歎美せしめ、喝采せしめ、崇拝せしめざるを得ず。

 故星亨は亦現代精神の化身なりき。彼は理想本位の士人に尊敬せられざりしも、権力本位の物質界は寧ろ彼れに依て目覚ましき活動を起したりき。権と力との缺乏を満たさむとせる階級者は、争ふて彼れの周囲に集まりしが、彼は其の発展と要求に対して通路を開鑿するの工夫長たるを辞せざりき。保守党は彼れを悪魔の如くに忌みたれども、物質界の欲望に憧るゝ多数の階級者は、彼れを以て成功の場所を公開する恩恵者と為したりき。後藤男爵と頭山満とを彼れに比すれば、其の人格に於ても、能力の容積及び実質に於ても、固より同じからず。然れども現代精神の化身たるに於ては、毫も故星亨に異る所あるを見ず。

 頭山満は明治十一年の頃箱田六輔等と相謀りて玄洋社を組織し、始めて公生涯に入りたりき。然れども彼は理想本位の人に非るが故に、主義に依りて国民を指導するは彼れの好まざる所なりき。彼は政権争奪以外に政治の仕事あるを認めざりき。彼は西郷、前原、江藤等の執りたる手段を踏襲するを以て政治運動の最終目的とせり。故に彼は議院政治の何物たるを領解せざるも、尚ほ且つ国会請願に同意し、自由民権論の是非を弁ぜざるも、尚ほ且つ板垣伯を助けて政府と戦はむとしたりき。即ち彼れの目的は、政権独占の藩閥を倒して、天下多数の不平者をして其の志を成さしめむとするに在りき。彼以為らく、此の目的を達するには、先づ政府と拮抗するに足るべき人才の同盟を作るより急なるはなし。主義意見の如何は問ふ所に非ずと。是れ恐らくは当時に於ける多数不平者の希望を有りのまゝに代表したるものなりしに相違なし。何となれば多数の不平者は、唯だ藩閥の独占せる政権を争奪せむとするに過ぎざりしを以てなり。此の希望は、必ずしも大局を洞観したる最高の智見に導かれたるにも非ず。又国家百年の経綸より生じたるにも非ずして、要するに藩閥の栄華に刺激せられたる肉欲的成功の要求なるのみ。而して彼等の中最も覇気ありて簡単粗大なる実行方法を喜ぶものは実に頭山満を認めて適当なる首領と為せり。彼れの部下を指導するや、耳と口とを働かすよりも、より多く目と鼻とを使ふに長ぜり。自己に在ては即ち、直覚に始まりて黙会に終はり、他人に対しては、則ち唯だ霊犀一点あるのみ、以心伝心あるのみ、簡単相照あるのみ、是れ正さしく彼れの天分なり。故に秘密を第一の要件とする隠謀を行ふに於ては、彼は恰も誂ひ向に造られたる役者と謂ふも可なり。然れども彼は今古隠謀家の特徴とも見るべき、沈鬱陰険なる表情を有せず。其の堂々たる相貌には常に名状し難き一種の嬌美を包みて、何となく人を引き付くるの磁気あり、彼は時として軽微の黙笑と蘊蓄ある警語を発することあるのみにて、殆ど群心と献酬するの社交術を解せざるものに似たりと雖も、彼れの在る所、何人も曾て心理的圧痛を感じたるものありといふを聞かざれば、彼は仏家の所謂る衆生縁あるものなるべし。故に若し彼れにして、物質的性欲を軽視し、崇高なる心霊の領域に向上するの大感念あらしめば、偉人の事業は亦或は彼れに庶幾するを得たりしやも知るべからず。唯だ彼れの指目する所は権力本位の物質界にして、其の意識する所は、僅に浅近俗悪なる現代精神是れのみ。而も其の現代精神を実行せむとして執りたる彼れの手段は、極めて非開化的にして且つ非科学的なるが故に、彼は偉人たる能はざると同時に、又最好の現代統率者たる能はざりき。

 彼れが言論を以て天下を取る能はざるを看破し、一面に於ては玄洋社の青年をして生産に従事せしめ、一面に於ては自ら筑豊の炭坑に拠つて財を作らむとしたるは、稍々時流に卓越したるの着眼なるべし。然れども彼は安川敬一郎に見る如き経営の才なく、又平岡浩太郎に現はれたる如き起業の手腕なければ、彼は唯だ炭坑を種にして投機的利益を収めんとしたりき。是を以て安川平岡等が石炭市場に成功しつゝある間に、彼は既に筑豊の炭坑を喰ひ潰ぶして、更に北海道の炭坑主となりたりき。而も彼は之れに依りて終に大に富みたりといふを聞かざれば、彼は政治に奔走して毫も得る所なく、財を作らんとして亦其の目的を達する能はず、其の公私の生涯は殆ど無意義に帰せり。彼は疑ひもなく現代精神の酖毒に中てられたる多数患者の総代表者なるべし。然れども彼は権力本位の現代に発展するに於て、他の何物よりも必要なる一手段を知れり。物質的成功は縄墨的道徳、上品なる感情若くは余りに清浄なる良心を以て、之を求むべからずといへること是れなり。彼は天上の園遊会よりも、寧ろ地底の待合宴会を以て現代の趣味に適するものなるを信ぜり。彼は百万遍の美辞よりも、寧ろ一束の貨幣、一個の金時計、一匹の白羽二重が甚だ雄弁なることを信ぜり。彼は物質界に於ては、唯だ物質的恩恵を売るを以て現代人士を収攬する所以なりと信ぜり。彼れは負托に背かず、意気を以て人を感ぜしむるの徳ありと称せらる。蓋し物質的恩恵に吝ならざるの謂なるべし。且つ彼は又攀縁の術に長ぜり。而して攀縁より攀縁に向て匝線的聯結を図り以て自己の目的に之れを利用するは、彼れの得意の手段なり。筑豊の炭坑を買収するに当りては、彼は時の福岡県知事安場保和に攀縁して其の企図を達したりき。彼は此の攀縁の糸を手繰りて、山県派及び松方系の勢圏に接近したりき。彼は曾て危険なる隠謀家として政府に注意せられたる人物なりしに、後年山県派及び松方系は彼れを遇するに国士の礼を以てしたりと聞けり。是れに由ても、彼れが攀縁に巧みなるを想見すべし。然れども彼は物質的成功に達する第一の手段を知るのみ、其以上に於ては一切無能なると共に、彼は其の無能を無能として強て自ら成功の奴隷たるを欲せず。即ち彼は此の点に於て却つて楽天的なり。

 顧みて後藤男爵を見るに、其の第一手段に於て、頭山の其れと略々同工異曲なるを想はしむるものあり。然れども余は彼れが善く新聞記者を買収するの人なりと言はざるべし。孰れの新聞社にも一名の記者は彼れに買収せられ居れりと言はざるべし。前年屡々築地柏屋を本拠として会合したることある呑気倶楽部は、議員若くは新聞記者を間接直接に買収するの一機関たるに過ぎずとは言はざるべし。而して此の倶楽部の費用が彼れの支出に係るものなりとも又敢て言はざるべし。是れと同時に余は又桜田倶楽部と彼れとの間に金銭上の関係ありとも言はざるべし。余は斯くの如き新聞紙の三面記事を以て、後藤男爵と頭山満とを対照せんとする者に非ず。彼れは台湾民政長官時代に於て、総督府の需要品は総て三井物産会社に供給せしめ、森林事業は大阪の藤田組に独占せしめたりとは、余が曾て台湾の事情に通ずるものゝ口より聞ける所なり。余は之れを以て彼れが富豪に対して恩恵者の位地に立たむとするの策なりと断言せず、勿論彼等富豪を通じて長州派に接近するの手段を執るものなりとも推定せず。何となれば彼は故児玉子爵との関係によりて既に長州派と聯結するを得たればなり。彼れは政党出身に非るが故に、民間に基礎を有せず、藩閥出身に非るが故に、官場にも基礎を有せず、是を以て攀縁は彼れに於て亦必要の一術なるやも知るべからず。人は曾て児玉子爵の死を以て後藤男爵の運命に大なる打撃を与へたるものと為し、竊かに彼れの未来を危みたりと雖も、爾来彼れの運命に些少の変化なきのみならず、彼は益々運命の寵児たらむとするの勢あり。顧ふに彼れを南満鉄道総裁たらしめたるは、疑ひもなく故児玉子爵の遺志に出でたり。而も政府が此の任命に対して何等の異議なかりしは、単に後藤男爵の適材を認めたるのみならず、彼れと山県派の勢圏、特に寺内陸軍大臣との聯結は既に頗る堅固に成立し居たるを以てなり。現内閣の中心は寺内陸軍大臣にして、其の進退を以て現内閣の死活を制するに足れり。曩に南満鉄道総裁を関東都督府顧問とするに就て、外務省の反対ありしと雖も、政府が遂に之れを決行せざるを得ざりしものは、陸軍大臣の主張頗る強硬なりしによるものゝ如し。尋で大連築港特許問題に関し、南満鉄道会社と関東都督府との衝突を見るや、石塚民政長官は終に職を辞して、南満鉄道副総裁代りて之れを兼任することゝなれり。されば陸軍省関東都督府及び南満鉄道会社は、満洲経営の方針に於て相一致すべく、而して南満鉄道総裁たる後藤男爵は、即ち事実上の統一者たるに至るべきは必然なり。

 彼は斯くの如くにして、帝国政府以外、将に満洲に一政府を建設せんとしつゝあり。彼は恰もセシル、ローズ及びクローマーの事業を一丸としたるものを成すべき位地に立てるものなり。彼れの統治区域には、広大なる物質的成功を予期せらるべき舞台は展開せられたり。各種の生産市場は、現代精神に指導せられたる人士の眼前に開放せられたり。而して彼等は後藤男爵に於て最も活動的代表者を看取し、其の手段能力及び人格に対して無限の希望を属せむとするものに似たり。彼等は形式的の機会均等政策よりも、寧ろ実質上に効果ある殖民政策の、彼れの手に依て施設せられ得べきを予期せり。彼等は文弱にして砕瑣なる外交主義よりも、寧ろ覇気ありて活達自在なる帝国主義の、彼れの懐抱中より現はれ出づべきことを信ぜり。彼れと外務省とが、如何なる程度に於て満洲経営の方針を調和し得べきかは、彼等の最も興味ある問題として研究する所なり。顧ふに彼は機会均等の大原則を破壊するの危険を冒すものに非るべし。満洲が野戦時代の軍政に毒せられたるは疑ふべからざる事実なり。然れども学究的公法家の夢想する如き国際上の天国を満洲に建設せむとするが如きは、現代精神と相距ること甚だ遠しと謂ふべし。後藤男爵は台湾統治時代に於て、物質的成功の標本ともいふべき成績を挙げたり。同一成績を満洲に見むことは、彼れに依て代表せられたる現代人士の均しく彼れに属望する所なるべし。

 現代精神と適合すべき満洲経営は、帝国的経済政策のカンバスの上に、軍政的色素と外向的色素とを巧みに配合して描図する物質的成功の絵画なり。後藤男爵は此の絵画の名匠たるべく現代に信ぜられたり。寺内陸軍大臣にして健在する間は彼は何の羈束せらるゝことなく、此の絵画の描図に従事するを得べきなり。彼が果して完全の成功者たるを得べきや否やは、尚ほ未定の疑問なるべし。然れども彼は此の成功者たるべき最も適当なる人物として現代に承認せられたり。其の頭山満に比すれば、豪放に於て相似たるも、組織的智力に於て優さりたる、度量に於て或は相若かざらむも、溌剌たる才気と困到せざる活動的精力に於て当世多く其の匹を見ざると、将た剛健多血にして、且つ社交的に出来たる其の肉體美とは、現代精神を実行する物質界の勇者たるに足るべし。之れを要するに、頭山満の有するものは、より多く非開化的なり、非科学的なり。後藤男爵の有するものは、より多く文明的なり、科学的なり。頭山満の有するものは、不規律なる純東洋的傾向なり。後藤男爵の有するものは、西洋的繊緯より構成せられたる東洋的體相なり。而も其の現代式の人物として最も著明なる輪廓を有するに於ては則ち一なり。是れ余が茲に両者を対照するの無倫に非るを覚ゆる所以なり。
(四十年七月)

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Title: 鳥谷部春汀著「明治人物月旦」から (2)
Date posted: 09 Aug '06 - 21:21
カテゴリ: 資料・同時代が見た頭山満